佛説九色鹿經 (No. 0181 支謙譯 )

概要

ゴータマブッタの前世を描いた物語(=ジャータカ)の一つで、ゴータマが美しい鹿だったときの話である。命を顧みずに人を助ける尊さや、欲に負けてしまう人間の心の弱さが描かれている。

この話は、中国でも日本でも非常に有名な物語であった。敦煌の壁画に描かれたり、日本の今昔物語集に影響を与えたりしたほか、現代になってから日中両国でアニメ化もされている(中国「九色鹿」 「日本昔話 奇しき色の大鹿」)。ちなみに日本昔話の原案は宮崎県西都市で採集された民話だそうだが、「九色(くしき)」の意味が分からなかったのか、同音異義の「奇しき色(くしきいろ)」と読み替えられているのは興味深い。

経録

大正蔵では 呉支謙 の訳ということになっているが、『出三蔵記集』の呉支謙の項目にはこの経典は含まれておらず、 失訳 とされている(「新」に入れられている)。したがって、本データベースでは「伝・呉支謙」のカテゴリーに入れている。

『開元釋教錄』では「九鹿」としているので、どうやら『法上録』(現存せず)に依拠して呉支謙訳ということになったらしい。

本文と翻訳

No.181[No.152(58)]佛説九色鹿經一卷

呉月氏優婆塞支謙譯

昔者菩薩身爲九色鹿。其毛九種色。其角白如雪。常在恒水邊飮食水草。常與一烏爲知識。

むかし菩薩の身体は九色の鹿でありました。その毛が九種類の色になっており、その角は雪のように白色でした。いつもガンガー河のほとりにいて、水をのみ草を食べていました。いつも一羽の鳥と一緒にいて、仲良しでした。

  • 恒水:インドを流れる大きな河の一つ、恒河(Gaṅgā)のこと。
  • 水草:水と草。水の中に生えている「みずくさ」ではない。

時水中有一溺人隨流來下。或出或沒得著樹木。仰頭呼。山神樹神諸龍神。何不愍傷於我。鹿聞人聲走到水中。語溺人言。汝莫恐怖。汝可騎我背上捉我兩角。我當相負出水。

あるときのこと、水の中に一人の溺れている人がいました。彼は、流れに従ってこちらへ下ってきました。彼は水から出たり沈んだりしていましたが、樹につかまることができました。彼は頭を上に向けてに呼びかけました。「山の神さま、樹の神さま、色々な神様、龍神さま。どうしてわたしを哀れんでくれないのですか。」鹿は人の声を聞いて、水中に走りこむと、溺れている人に言いました。「きみ、怖がることはない。きみは、わたしの背中に乗ってわたしの角をつかむがいい。わたしはそれからあなたを背負って自ら出ましょう。」

既得着岸。鹿大疲極。溺人下地、遶鹿三匝、向鹿叩頭。乞與大家作奴供給。使令採取水草。鹿言。不用汝也。且各自去。欲報恩者莫道我在此。人貪我皮角必來殺我。於是溺人受教而去。

岸に着くことができときには、鹿はすっかりへとへとでした。溺れていた人は(鹿から)地面に降りて、鹿の周りを三回回り鹿に向かって頭を(地面に)たたきつけました。「あなたさまにお願いします。わたくしを奴隷として身の周りの世話をさせてください。わたしに命じて水や草を採りに行かせてください。」鹿は言いました。「きみを使うことはないよ。(一緒ではなく)別々に行くのがよいだろう。恩に報いたいのならば、私がここにいると言わないでくれ。人は私の皮や角をひどく欲しがって、必ず私を殺しに来る。」こうして、溺れていた人は教えを受けて、その場を去りました。

  • 遶鹿三匝:インドでは敬意を表するときに、相手の周りを右回りに三回回る風習がある。「 右繞 」。
  • 匝:「ソウ(サフ)」[漢・呉]。「めぐる」、「周囲をめぐったり囲ったりするときに、それを数える言葉。」(cf.『漢辞海』)

是時國王夫人。夜於臥中夢見九色鹿。其毛九種色其角白如雪。即託病不起。王問夫人。何故不起。答曰。我昨夜夢見非常之鹿。其毛九種色其角白如雪。我思得其皮作坐褥。欲得其角作拂柄。王當爲我覔之。王若不得者我便死矣。王告夫人。汝可且起。我爲一國之主何所不得。王即募於國中。若有能得九色鹿者。吾當與其分國而治。即賜金鉢盛滿銀粟。又賜銀鉢盛滿金粟。

(さて)このとき、国王の夫人が、夜横になっていると、夢で九色の鹿を見ました。その毛は九種類の色であり、その角は雪のように白色でした。(彼女はこの夢を見ると)すぐに病を理由にして(ベッドから)起きませんでした。王は夫人に問いました。「どうして起きないのかね?」夫人は答えました。「わたしは昨夜、夢でふつうではない鹿を見たの。その毛が九種類の色になっていて、その角が雪のように白色なのよ。わたしはその皮で敷物を作りたい、その角で拂柄を作りたいと思ったわ。王様、わたしのためにこれを探して手に入れてくださいな。王様、もし手に入らなかったなら、わたしはこのまま死んでしまうわ。」王は夫人に告げました。「お前、すぐに起きることができるよ。私は一国の主だ。手に入れられないものがあるだろうか。」王はすぐに国中に募りました。「もし九色の鹿を得ることができたものは、われとその者とで国を分けて治めよう。そして金の鉢に銀の粟を山盛りにして与えよう。また銀の鉢に金の粟を山盛りにして与えよう」。

  • 吾:この経では布告の中での一人称に限定して「吾」の文字を使っている。「吾」と「我」には区別のないことも多いが、区別されて用いられている場合には「吾」には偉そうなイメージがあるようだ。これについてはcf. 「中 古 漢 語 の人 称 と称呼」「古代漢語の人称 と称呼

於是溺人聞王募重。心生惡念。我説此鹿可得富貴。鹿是畜生死活何在。於是溺人即便語募人言。我知九色鹿處。募人即將溺人至大王所。而白王言。此人知九色鹿處。王聞此言即大歡喜。便語溺人。汝若能得九色鹿者。我當與汝半國。此言不虚。溺人答王。我能得之。於是溺人面上即生癩瘡。溺人白王。此鹿雖是畜生大有威神。王宜多出人衆。乃可得耳。

(さて)このとき、溺れた人は、王が重ねて募るのを聞きました。(そして)心に悪い思いが生じました。「わたしはこの鹿を(王に)言ってしまって、大金持ちになることができる。鹿は畜生だ。死のうが生きようが、なんだというのだろう。」こうして溺れた人はすぐに募っている人に話しかけました。「私は九色の鹿のいるところを知っています。」募っていた人はすぐに溺れていた人を大王のところに連れて行き、そして王に申し上げました。「この人は九色の鹿のいるところを知っています。」王はこの言葉を聞いてその場で大喜びしました。そして溺れていた人に話しかけました。「お前がもし九色の鹿を手に入れることができたならば、わたしはお前に国の半分を与えよう。この言葉に嘘偽りはない。」溺れていた人は王に答えました。「わたしはこの鹿を手に入れることができます。」このとき、溺れていた人の顔の上に、すぐさまできものが生じました。溺れていた人は王に申し上げました。「この鹿は畜生であるといえども不思議な力を大いに持っています。王は大いに人を派遣するのがよろしいでしょう。そうすれば得ることができます。」

  • 募重:文脈上「重ねて募る、幾度も募る」という意味に理解した。あるいは「重く募る」か。しかし、文法的には副詞は動詞の前に来て欲しいところであり、副詞として解するのは無理があるかもしれない。

王即大出軍衆。往至恒水邊。時烏在樹頭見王軍來。疑當殺鹿。即呼鹿曰。知識且起。王來取汝。鹿故不覺。烏便下樹踞其頭上。啄其耳言。知識且起王軍至矣。鹿方驚起便四向顧視。見王軍衆。已遶百匝無復走地。即趣王車前。時王軍人即便挽弓欲射。鹿語王人。且莫射我。自至王所欲有所説。王便勅諸臣莫射此鹿。此是非常之鹿或是神。鹿重語大王言。且莫殺我。我有大恩在於王國。王語鹿言。汝有何恩。鹿言。我前活王國中一人。鹿即長跪重問王言。誰道我在此耶。王便指示車邊癩面人是。鹿聞王言。眼中涙出不能自止。鹿言。大王。此人前日溺深水中。隨流來下或出或沒。得着樹木仰頭呼。山神樹神諸龍神何不愍傷於我。我於爾時不惜身命。自投水中負此人出。本要不相道。人無反復。不如負水中浮木。王聞鹿言甚大慙愧。責數其民語言。汝受人重恩云何反欲殺之。

王はすぐさま大いに軍を出して、ガンガー河のほとりに至りました。そのとき鳥が樹の先にいて、王軍が来るのを見ると、「鹿を殺そうとしているのではないか」と疑いました。すぐに鹿を呼んで、「友よ。すぐに起きてくれ。王さまが来てきみを捕まえるよ。」と言いました。(鹿は)鹿であるために何を言っているか分かりません。鳥はそこで樹を下りると、その頭の上に座り、彼の耳をついばんで言いました。「友よ。すぐに起きてくれ。王の軍が来ているんだ。」鹿はそこではっと起きて、四方を見まわしました。王の軍が見えました。すでに百ぺんも取り囲んでいて、走り抜ける場所はもはやありません。(すると鹿は)すぐさま王の車の前に行きました。そのとき王の軍の人がすぐさま弓を引いて鹿を射ろうとしました。鹿は王に話しかけました。「しばらく私を打たないでくれ。自分で王の所に行って、話したいことがある。」王はそこで家臣たちに命令しました。「この鹿を射るな。これは普通ではない鹿だ。あるいは神様かもしれない。」

鹿は重ねて大王に話しかけました。「しばらく私を殺さないでくれ。私には王国に大恩人がいるのだ。」王は鹿に話しかけました。「お前に何の恩があるというのだ。」鹿は言いました。「私は以前、王国の中の一人を助けたのだ。」鹿はひざまずいて、重ねて王に問いました。「誰が私がここにいると言ったのですか。」王はそこで車の端を指さして「顔にできもののある人がそれだ」(と言いました)。鹿は王の言葉を聞いて、目の中から涙を出して、止めることができませんでした。鹿は言いました。「大王さま。この人は先日深い水に溺れていました。彼は、流れに従ってこちらへ下ってきました。彼は(水の中から)出たり沈んだりしていましたが、樹につかまることができました。彼は頭を上に向けてに呼びかけました。『山の神さま、樹の神さま、色々な神様、龍神さま。どうしてわたしを哀れんでくれないのですか。』私はそのとき命を惜しまずに、自らの身を水中になげうって、この人を背負って水から出しました。もともとは『必ず人には言いません』としていたのに、その人は恩に報いることがありませんでした。水の中から浮いている木を背負(って助け)たほうがまだましというものです。」王は鹿の言葉を聞いて、大いに恥じらいました。その(溺れていた)民を責めて、言いました。「お前は人から重い恩を受けていたのに、どうしてお返しにこのものを殺そうとするのか。」

於是大王即下令於國中。自今已往若駈逐此鹿者。吾當誅其五族。於是衆鹿數千爲群皆來依附。飮食水草不侵禾稼。風雨時節五穀豐熟。人無疾病災害不生。其世太平運命化去

さてこういうわけで、大王はすぐさま国中に命令をくだしました。「いまより以降、もしこの鹿を逐う者がいれば、われはその者を五族まで罰しよう。」するとここで、数千もの鹿が群れとなってみなやってきて、(この九色の鹿に)付き従いました。(その鹿たちは)水や草を飲み食いして、田畑を荒らすことはありませんでした。風や雨は季節に合わせて起こり、五穀は豊かにみのりました。人に病はなく、災害は起こりませんでした。その治世は太平であり、(その鹿は)寿命が尽きるとぱっと消えるようにいなくなりました。

  • 本要不相道:「要」はしばしば「約束」や「誓い」という意味合いで使われる(ex.「 要言 」)。『経律異相』ではこの箇所を「約不相道」と記し、また明・宋・元版では「本要誓不相道」となっているが、これらは意味が分かりやすいように同義語を補ったものではないかと思われる。
  • 反復:恩に報いること。「 反復 」を参考のこと。
  • 自今已往:自今以後と同じ意味の言葉で、「いまよりあとは、それ以降は」という意味。

佛言。爾時九色鹿者我身是也。爾時烏者今阿難是。時國王者今悦頭檀是。時王夫人者今先陀利是。時溺人者今調達是。調達與我世世有怨。我雖有善意向之。而故欲害我。阿難有至意。得成無上道。菩薩行羼提波羅蜜。忍辱如是

ブッタは言いました。「そのときの九色の鹿が、私の(過去世の)身体です。そのときの鳥が今の阿難です。そのときの国王が今のスッドーダナ(ゴータマブッダの父親)です。そのときの王の夫人が今の先陀利です。そのときの溺れていた人が今のデーヴァダッタです。デーヴァダッタは私に、幾世にも渡って怨みがありました。私は善いこころを彼に向けていたのですが、それでもあえて私に害を与えようとしてきました。阿難はすばらしい心があって、最高の道を完成させることができました。菩薩が羼提の完成、つまり忍辱を行うことはこのようなものなのです。」

  • 至意:「このうえない心」と理解した。
  • 悦頭檀:シャカの父スッドーダナ(浄飯王)のこと。「 悦頭檀 」を参考のこと。
  • 先陀利:不明。『六度集経』の類話では「王妻者今調達妻是」としているので、デーヴァダッタの妻の名前だろうか?
  • 羼提波羅蜜:せんだいはらみつ。六波羅蜜のうち「忍辱波羅蜜」のこと。羼提(せんだい)は忍辱にあたるインド語の音写。ちなみにこれの類話である『六度集経』58では忍辱波羅蜜ではなく精進波羅蜜のジャータカということになっている。

佛説九色鹿經一卷

 

パラレルについて

『仏教説話大系』第四巻、「ジャータカ物語Ⅰ」に、これの類話であるジャータカ482が現代語訳されている。翻訳を見る限り、パーリ語のジャータカの方がこの『九色鹿経』よりも内容が発展しているようである。例えば河に溺れた男について、流れてくる前に借金ばかりしていた遊び人で、ろくでもない男であったという物語などが加わっている。個人的にはパーリジャータカのようにろくでもない男が裏切る話よりも、素直に感謝するような善良な男が欲に負けて裏切る話の方が、人間の弱さを描けているように思う。

同書によれば類話に『 六度集経 』6.58、『 菩薩本縁経 』下・七話、ジャータカ501、ジャータカマーラー、チャリヤーピタカ2.6、『根本説一切有部毘奈耶破僧事』15、『摩訶僧祇律』1、ミリンダパンハーがあるという。また同書には載せていないが、『今昔物語集』巻五の十八もこれの類話であり、宮崎県の民話の「奇しき色の大鹿」もかなりアレンジされているがこの話を原型にしている。

ちなみに「奇しき色の大鹿」では、舞台はインドではなく日本になり、王の代わりに長者が登場している。そして、長者の娘の病をいやすために、奇しき色の大鹿の血を求めるという展開である。鹿に助けられた人は、恩人を売るのを忍びなく思いながらも娘を助けるために、仕方なく長者を鹿のいるところに案内する。

元は王妃の仮病だったわけだが、権力者の大事にしている女性が病に倒れその回復のために鹿を探すという筋書きは、この民話でも受け継がれていることが分かる。

 

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