雑阿含経9. 真実正観

原文と翻訳

(九)
如是我聞。一時佛住舍衞國祇樹給孤獨園。爾時世尊告諸比丘。


Saṃyutta Nikāya 22 2. Aniccavagga 15. Yadaniccasutta

Sāvatthi­nidānaṃ.

このようにわたしは聞きました。あるとき仏は舍衞國の祇園に住んでおられました。そのとき、世尊は比丘たちに告げました。

「色無常。無常即苦。苦即非我。非我者亦非我所。如是觀者。名眞實正觀。


“Rūpaṃ, bhikkhave, aniccaṃ. Yadaniccaṃ taṃ dukkhaṃ; yaṃ dukkhaṃ tadanattā; yadanattā taṃ ‘netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ.
「色(=もののすがた)は無常である。無常であるものは苦しみである。苦しみであるものは”我(アートマン)”ではない。”我”ではないものはまたわたしの所有でもない。このように観察するならば、これを真実の正観と名づける。

如是受想行識無常。無常即苦。苦即非我。非我者亦非我所。如是觀者。名眞實觀。


 Vedanā aniccā. Yadaniccaṃ taṃ dukkhaṃ; yaṃ dukkhaṃ tadanattā; yadanattā taṃ ‘netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ. Saññā aniccā … pe … saṅkhārā aniccā … viññāṇaṃ aniccaṃ. Yadaniccaṃ taṃ dukkhaṃ; yaṃ dukkhaṃ tadanattā; yadanattā taṃ ‘netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ.
同様に受(=感受されたもの)、想(=構想されたもの)、行(=集めた作ったもの)、識(=区別して立てたもの)は無常である。無常であるものは苦しみである。苦しみであるものは”我(アートマン)”ではない。”我”ではないものはまたわたしの所有ではない。このように観察するならば、これを真実の観と名づける。

聖弟子。如是觀者。厭於色。厭受想行識。厭故不樂。不樂故得解脱。解脱者眞實智生。我生已盡。梵行已立。所作已作。自知不受後有。」


 Evaṃ passaṃ … pe … nāparaṃ itthattāyā’ti pajānātī”ti.
聖なる弟子よ。このように観察するならば、もののすがたを厭い、受想行識を厭う。厭うゆえに楽しまない。楽しまないから抜け出すことができる。抜け出したならば真実の智が生じる。『わたしの生はすでに尽きた。ブラフマンの行いはすでになされた。なすべきことはすでになした。来世に生まれることがないとわたしは自ら知った』と。」

時諸比丘聞佛所説。歡喜奉行


対応なし

そのとき比丘たちはブッダの説かれたことを聞いて、喜び承りました。

コメント

阿含でよく見る論理が初登場している。「無常ならば苦である。苦ならば我(アートマン)ではない」。ここで言う我(アートマン)とはインドの独特の概念である。わたしは「自分の思い通りになり、決して壊れることのない魂のようなもの」と理解している。日本語の「わたし」という言葉よりもずっと理想的で強い意味のある言葉なので、注意しなければならない。 無常であり苦しみを生じるようなものは、アートマンでは無いというのはアートマンの定義にのっとった理解である。

パラレル

(翻訳

  •  パーリだと漢訳と異なり、この経にも無常・苦・非我の三経がある(22.16, 22.17)。しかし、一経の中にすでに無常・苦・非我が登場しているので、どうもむりやり三経にした感が感じられる。あるいは漢訳のほうが古い形で、三経になっているパーリのほうが増広された姿かもしれない。

4. Yadaniccasuttaṃ

15. Sāvatthinidānaṃ . ‘‘Rūpaṃ, bhikkhave, aniccaṃ. Yadaniccaṃ taṃ dukkhaṃ; yaṃ dukkhaṃ tadanattā; yadanattā taṃ ‘netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ. Vedanā aniccā. Yadaniccaṃ taṃ dukkhaṃ; yaṃ dukkhaṃ tadanattā; yadanattā taṃ ‘netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ. Saññā aniccā…pe… saṅkhārā aniccā… viññāṇaṃ aniccaṃ. Yadaniccaṃ taṃ dukkhaṃ; yaṃ dukkhaṃ tadanattā; yadanattā taṃ ‘netaṃ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṃ yathābhūtaṃ sammappaññāya daṭṭhabbaṃ. Evaṃ passaṃ…pe… nāparaṃ itthattāyāti pajānātī’’ti. Catutthaṃ.

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