雑阿含経5.色を愛喜すること+五つの「不」

本文

(五)
如是我聞。一時佛住舍衞國祇樹給孤獨園。爾時世尊告諸比丘。

於色愛喜者。則於苦愛喜。於苦愛喜者。則於苦不得解脱。不明不離欲。如是受想行識愛喜者。則愛喜苦。愛喜苦者。則於苦不得解脱。諸比丘。
於色不愛喜者。則不喜於苦。不喜於苦者。則於苦得解脱。如是受想行識。不愛喜者。則不喜於苦。不喜於苦者。則於苦得解脱。諸比丘。於色不知不明不離欲貪心不解脱貪心。不解脱者、則不能斷苦。如是受想行識不知不明不離欲貪心不解脱者、則不能斷苦。於色若知若明若離欲貪心得解脱者、則能斷苦。如是受想行識。若知若明若離欲貪心得解脱者、則能斷苦。

時諸比丘聞佛所説。歡喜奉行

現代語訳

このようにわたしは聞きました。あるとき仏は舍衞國の祇園に住んでおられました。そのとき世尊は比丘たちに告げました。

「色(=ものの姿)に愛喜するならば、(それはつまり)苦しみを愛喜しているということだ。苦しみを愛喜するならば、苦しみから抜け出すことはできない。(その人は色について)明らかでなく欲を離れていない。同様に、受想行識に愛喜するならば、(それはつまり)苦しみを愛喜しているということだ。苦しみを愛喜するならば、苦しみから抜け出すことはできない。

比丘たちよ。色に愛喜しないならば、それはつまり苦しみを喜ばないということだ。苦しみを喜ばないならば、苦しみから抜け出すことができる。同様に受想行識について愛喜しないならば、それはつまり苦しみを喜ばないということだ。苦しみを喜ばないならば、苦しみから抜け出すことができる。

比丘たちよ。色について知らず明らかでなく、(色への)貪欲を離れておらず、心が貪る心から抜け出していない。抜け出していないならば、苦しみを断つことはできない。同様に受想行識について、知らず明らかでなく貪欲を離れておらず、心が抜け出していないならば、苦しみを断つことはできない。

色について知り、明らかであり、貪欲を離れており、心が解放されている。そのとき、苦しみを断つことができる。同様に受想行識についても、知り、明らかであり、貪欲を離れており、心が解放されている。そのとき、苦しみを断つことができる。」

そのとき比丘たちはブッダの説かれたことを聞いて、よろこび承りました。


コメント

素直に読むと二つの経がくっついたような見た目をしている。古い時代は二経だったものが「如是我聞」や「歓喜奉行」がつけられる段階で一経扱いされてしまったのかもしれない。こういう例は阿含の中では時折見られる。パーリのパラレルはSN22.24とSN22.29の二つが示されているが、これはこのような合体構造のためである。
本文の「不離欲貪心不解脱貪心不解脱者」の箇所は読むのが難しい。上の訳では「欲貪を離れず、心は貪心を解脱せず。解脱せざれば」と読んだ。「名詞+動詞」の構造が連続している場合、中国語ではどうしても解釈にはばが出てしまう。

パラレル

パラレル1(SN22.24)

現代語訳
3. Abhijānasuttaṃ
24. Sāvatthinidānaṃ. ‘‘Rūpaṃ , bhikkhave, anabhijānaṃ aparijānaṃ avirājayaṃ appajahaṃ abhabbo dukkhakkhayāya; vedanaṃ anabhijānaṃ aparijānaṃ avirājayaṃ appajahaṃ abhabbo dukkhakkhayāya; saññaṃ anabhijānaṃ… saṅkhāre anabhijānaṃ aparijānaṃ avirājayaṃ appajahaṃ abhabbo dukkhakkhayāya; viññāṇaṃ anabhijānaṃ aparijānaṃ avirājayaṃ appajahaṃ abhabbo dukkhakkhayāya. Rūpañca kho, bhikkhave, abhijānaṃ parijānaṃ virājayaṃ pajahaṃ bhabbo dukkhakkhayāya; vedanaṃ abhijānaṃ… saññaṃ… saṅkhāre… viññāṇaṃ abhijānaṃ parijānaṃ virājayaṃ pajahaṃ bhabbo dukkhakkhayāyā’’ti. Tatiyaṃ.

パラレル2(SN22.29)

8. Abhinandanasuttaṃ
29. Sāvatthinidānaṃ . ‘‘Yo, bhikkhave, rūpaṃ abhinandati, dukkhaṃ so abhinandati. Yo dukkhaṃ abhinandati, aparimutto so dukkhasmāti vadāmi. Yo vedanaṃ abhinandati… yo saññaṃ abhinandati… yo saṅkhāre abhinandati… yo viññāṇaṃ abhinandati, dukkhaṃ so abhinandati. Yo dukkhaṃ abhinandati, aparimutto so dukkhasmāti vadāmi. Yo ca kho, bhikkhave, rūpaṃ nābhinandati, dukkhaṃ so nābhinandati. Yo dukkhaṃ nābhinandati, parimutto so dukkhasmāti vadāmi. Yo vedanaṃ nābhinandati… yo saññaṃ nābhinandati… yo saṅkhāre nābhinandati… yo viññāṇaṃ nābhinandati, dukkhaṃ so nābhinandati. Yo dukkhaṃ nābhinandati, parimutto so dukkhasmāti vadāmī’’ti. Aṭṭhamaṃ.

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です