雑阿含経4. 五つの「不」

本文と現代語訳

(四)
如是我聞。一時佛住舍衞國祇樹給孤獨園。爾時世尊告諸比丘。

「於色不知不明不斷不離欲。心不解脱者。則不能越生老病死怖。如是受想行識。不知不明不斷不離欲貪。心不解脱者。則不能越生老病死怖。

比丘。於色若知若明若斷若離欲。則能越生老病死怖。諸比丘。若知若明若離欲貪。心解脱者。則能越生老病死怖。如是受想行識。若知若明若斷若離欲貪。心解脱者。則能越生老病死怖。」

時諸比丘。聞佛所説。歡喜奉行

このように私は聞きました。あるときブッダは舍衞國の祇園に住んでおられました。そのとき比丘たちに告げました。
「色(=ものの姿)について、知らない・明らかでない・断じていない・欲貪を離れていないならば、生老病死の恐怖を乗り越えることはできない。同様に受想行識についても知らない・明らかでない・断じていない・欲貪を離れていない、心が解脱していないならば、生老病死の恐怖を乗り越えることはできない。」
「比丘よ。色について知り・明らかであり・断じており・欲を離れているならば、そのとき生老病死の恐怖を乗り越えることができる。比丘たちよ。もし知り・明らかであり・断じており・欲を離れている、心が解脱したものは生老病死の恐怖を乗り越えることができる。同様に受想行識について、知り・明らかであり・断じており・欲を離れている、心が解脱したものは生老病死の恐怖を乗り越えることができる。」と。
そのとき比丘たちは、ブッダの説かれたことを聞いて、よろこび承りました。

コメント

3では苦を断ずることを述べていたが、4では生老病死の恐怖を乗り越えることを述べている。四つの不の内容は3も4もほぼ同じであるがこちらには「心不解脱」の項目が加わり、また「欲」ではなく「欲貪」を離れるとしている。翻訳する前の単語が違ったのかも知れない。パーリのパラレルは不明である。

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